マキサカルシトール製法事件(知財高裁大合議判決)
判例紹介

マキサカルシトール製法事件(知財高裁大合議判決)

業務分野

(本件の概要)
本件は特許権者である先発医薬品メーカーが、後発医薬品メーカー等の製品の製造・販売の差止めを求めた事件である。本件はいわゆる均等侵害の事件であり、原判決、控訴審判決のいずれも均等侵害を認め、製薬分野で初めて均等侵害が認められた事案となった。また、控訴審はいわゆる知財高裁の大合議で審理を行い、均等を認めた平成10年のボールスプライン事件最高裁判決の下で、均等の5要件の主張立証責任の分配をはじめ、均等論の第1要件及び第5要件について新たな判示事項を明らかにした点で注目される。

(事案の概要)
本件特許発明は、角化異常症の治療薬の有効成分であるマキサカルシトールの製造方法に関するものであり、具体的には、出発物質(ビタミンD構造又はステロイド環構造の20位アルコール化合物)を本件試薬と反応させて中間体を製造し、その中間体を還元剤で処理して目的物質を製造するという化合物の製造方法である。 控訴人方法は、本件試薬及び目的物質に係る構成要件を充足する一方で、出発物質として、シス体のビタミンD構造ではなく、その幾何異性体であるトランス体のビタミンD構造を用いる点で、本件特許発明の構成要件と相違している。このため、均等侵害の成否が争点となった。なお、一審の東京地裁判決は均等侵害を認めていた。

(本判決の均等論に関する判示内容)

1 均等の5要件の主張立証責任について

本判決は、均等の第1要件ないし第3要件については、均等論の適用を主張する側が、均等の第4要件及び第5要件については均等論の適用を否定する側が、それぞれ主張立証責任を負うと判断した。

2 均等の第1要件について

本判決は、「特許法が保護しようとする発明の実質的価値は、従来技術では達成し得なかった技術的課題の解決を実現するための、従来技術に見られない特有の技術的思想に基づく解決手段を、具体的な構成を持って社会に開示した点にある。」と述べた上で、「特許発明における本質的部分とは、当該特許発明の特許請求の範囲の記載のうち、従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分である」とした(判決49頁24行〜50頁2行)。
そして、特許請求の範囲の記載のうちの発明の本質的部分の認定について、「特許発明の実質的価値は、その技術分野における従来技術と比較した貢献の程度に応じて定められることからすれば、特許発明の本質的部分は、特許請求の範囲及び明細書の記載、特に明細書記載の従来技術との比較から認定されるべきであり、そして、(1)従来技術と比較して特許発明の貢献の程度が大きいと評価される場合には、特許請求の範囲の記載の一部について、これを上位概念化したものとして認定され(後記ウ及びエのとおり、訂正発明はそのような例である。)、(2)従来技術と比較して特許発明の貢献の程度がそれ程大きくないと評価される場合には、特許請求の範囲の記載とほぼ同義のものとして認定される」と判示した(判決50頁9〜17行)。
本判決は、上記のとおり、本件が(1)の例に当たると評価している。すなわち、本件特許発明が、従来技術にはない新規な製造ルートによりその対象とする目的物質を製造することを可能とするものであり、従来技術に対する貢献の程度は大きいこと、本件特許発明によって、初めてマキサカルシトールの工業的な生産が可能となったこと等を認定した上で、本件特許発明の本質的部分を、ビタミンD構造又はステロイド環構造の20位アルコール化合物を、本件試薬と反応させることにより、新たな経路により、ビタミンD構造又はステロイド環構造の20位アルコール化合物にマキサカルシトールの側鎖を導入することを可能とした点にあると判断した。その上で、本判決は、控訴人方法は、特許発明の特許請求の範囲の記載のうち、従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分を備えている一方で、控訴人方法のうち、訂正発明との相違点である出発物質のビタミンD構造がシス体ではなく、トランス体であることは、本件特許発明の本質的部分ではないと判断した。

3 均等の第5要件について

本判決は、均等の第5要件の「特段の事情」について、(1)「特許請求の範囲に記載された構成と実質的に同一なものとして、出願時に当業者が容易に想到することのできる特許請求の範囲外の他の構成があり、したがって、出願人も出願時に当該他の構成を容易に想到することができたとしても、そのことのみを理由として、出願人が特許請求の範囲に当該他の構成を記載しなかったことが第5要件における『特段の事情』に当たるものということはできない」と判示し、その理由を述べている(判決72頁5行〜73頁10行)。
本判決は、さらに、(2)「もっとも、このような場合であっても、出願人が、出願時に、特許請求の範囲外の他の構成を、特許請求の範囲に記載された構成中の異なる部分に代替するものとして認識していたものと客観的、外形的にみて認められるとき、例えば、出願人が明細書において当該他の構成による発明を記載しているとみることができるときや、出願人が出願当時に公表した論文等で特許請求の範囲外の他の構成による発明を記載しているときには、第5要件の『特段の事情』に当たるものといえる」と判示した。 本判決は以上を前提に、本件明細書中には、本件特許発明の出発物質をトランス体のビタミンD構造とする発明を記載しているとみることができる記載はなく、その他、出願人が、本件特許の出願時に、トランス体のビタミンD構造を、訂正発明の出発物質として、シス体のビタミンD構造に代替するものとして認識していたものと客観的、外形的にみて認めるに足りる証拠はないと判断した。

(当事務所のコメント)
本判決は、製薬の分野で知財高裁として初めて均等論の適用を認めたという事例的な意義も大きい判決であるが、均等の第1要件、第5要件について大合議事件として新たな判示を行った点で、今後の実務に大きな影響を与えうる判決である。
本判決が、均等の第1要件の「本質的な部分」の判断に関して、特許発明の従来技術と比較しての貢献の程度に着目していることが注目される。すなわち、技術的な貢献の大きな発明に対しては、均等論の本質的部分の認定によって、より広い範囲の保護が認められ、その一方で、従来技術と比較した貢献の程度がそれほど大きくない発明については、発明の本質的部分が、特許請求の範囲の記載とほぼ同義に認定され、均等の認められる範囲は、あったとしても狭くなる。これは、大きな発明には大きな保護を、小さな発明には小さな保護をという、特許制度の社会的な目的を均等論を通して実現するものといえる。これは、技術的貢献の大きな特許発明に対しては、第三者は均等侵害のリスクに対して慎重となるべきであり、また、技術的貢献のわずかな特許発明については、均等論が認められる見込みは少ないということを意味している。
均等の第5要件については、出願時にその存在が知られていた他の材料を含むように当初から上位概念でクレームをすることができたにもかかわらず、出願時にこれをしなかったことが、第5要件の「特段の事情」に当たるかとの論点につき、積極説・消極説の両説が存在した。本判決は、いわゆる消極説の立場に沿った判示をしつつも、出願人が、出願明細書には記載しているが、特許請求の範囲に記載しなかった発明について、「特段の事情」に当たることを示した点で注目される。
本判決は、平成10年のボールスプライン事件最高裁判決以来の、均等論について、重要な判示を含む知財高裁大合議判決であり、今後、均等論に関するリーディングケースとしての役割を担う判決である。

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