開始時現存額主義
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- かいしじげんぞんがくしゅぎ
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1 開始時現存額主義とは
同一の給付について複数の者が各自全部の履行をする義務を負う場合(以下、全部の履行をする義務を負う者を「全部義務者」という。)について、破産法104条1項及び2項は、全部義務者の破産手続開始後に他の全部義務者が弁済等をしたときであっても、破産手続上は、その弁済等により債権の全額が消滅しない限り、当該債権が破産手続開始の時における額で現存しているものとみて、債権者がその権利を行使することができる旨を定め、この債権額を基準に債権者に対する配当額を算定することとしている。この規律を開始時現存額主義という。
複数の全部義務者を設けることが責任財産を集積して当該債権の目的である給付の実現をより確実にするという機能を有することに鑑み、この機能を破産手続において重視したものである。
例えば、Aの1000万円の債権に対してB及びCが連帯債務を負担している場合において、B及びCの両者について破産手続が開始されたとする。Aは、Bの破産手続において1000万円の破産債権を行使するとともに、Cの破産手続においても1000万円の破産債権を行使することができる(破産法104条1項)。Bの破産手続が1割配当、Cの破産手続が2割配当であれば、Aは合わせて3割の配当を受けることができる。Bの破産手続開始時における現存額として1000万円を行使したAは、その後にCの破産手続において200万円の配当を受けたとしても、破産債権額1000万円には影響を受けず、それを基礎として配当を受けることができる(破産法104条2項)。
他方で、破産手続開始前にAがB又はCから100万円の弁済を受けていた場合には、両者に対する破産債権額は900万円となる(ただし、平成29年の民法改正による民法502条3項の新設により、破産手続開始前の弁済についても一部、開始時現存額主義が妥当するようになったのではないか、という指摘がある。)。
全部義務者でない第三者が破産手続開始後に債権者に弁済をした場合には、たとえ一部弁済であっても、破産債権額は減少する。ただし、物上保証人による弁済については、破産手続開始後は、物上保証人が被担保債権の全部の弁済をしない限り、債権者の破産債権行使には影響が生じない(破産法104条5項による同条2項の準用)。
破産法104条は、民事再生手続及び会社更生手続にも準用されている(民事再生法86条2項、会社更生法135条2項)。
2 全部義務者に対する数口の債権が存在する場合
債権者が複数の全部義務者に対して複数の債権を有し、全部義務者の破産手続開始の決定後に、他の全部義務者が上記の複数債権のうちの一部の債権につきその全額を弁済等した場合、債権者の破産債権額は影響を受けるかが問題となる。
債権者の債権の全てが満足されていない点を重視して、開始時現存額主義の趣旨をあてはめ、債権者の破産債権額は影響を受けないとの考え方もあり得るが、最判平成22年3月16日民集64巻2号523頁は以下のとおり判示し、開始時現存額主義の適用を否定した。
「債権者が複数の全部義務者に対して複数の債権を有し、全部義務者の破産手続開始の決定後に、他の全部義務者が上記の複数債権のうちの一部の債権につきその全額を弁済等した場合には、弁済等に係る当該破産債権についてはその全額が消滅しているのであるから、複数債権の全部が消滅していなくても、同項にいう『その債権の全額が消滅した場合』に該当するものとして、債権者は、当該破産債権についてはその権利を行使することはできないというべきである。
そして、破産法104条5項は、物上保証人が債務者の破産手続開始決定の後に破産債権である被担保債権につき債権者に対し弁済等をした場合において、同条2項を準用し、その破産債権の額について、全部義務者の破産手続開始の決定後に他の全部義務者が債権者に対して弁済等をした場合と同様の扱いをしている。したがって、債務者の破産手続開始の決定後に、物上保証人が複数の被担保債権のうちの一部の債権につきその全額を弁済した場合には、複数の被担保債権の全部が消滅していなくても、上記の弁済に係る当該債権については、同条5項により準用される同条2項にいう『その債権の全額が消滅した場合』に該当し、債権者は、破産手続においてその権利を行使することができないものというべきである。」
破産債権が複数に分かれている場合には、破産手続開始決定後に連帯保証人等から弁済を受けるに当たり、どの債権に充当するか、注意が必要である。
3 債権者の債権額を超える配当の取扱い
破産手続開始後に破産債権者が物上保証人から自己の債権の一部弁済を受けた場合において、破産手続開始時における債権額として確定したものを基礎として計算された配当額が実体法上の残債権額を超過することになった場合、超過部分の扱いが問題となる。
①超過部分は当該債権について配当すべきである(後は債権者と物上保証人との間の不当利得の問題にすぎない。)とする説、②超過部分は物上保証人に配当すべきであるとする説、③超過部分は他の破産債権者に対する配当財源とすべきであるとする説などがあるが、最決平成29年9月12日民集71巻7号1073頁は以下のとおり判示した(上記①説を採用したと理解されている。)。
「破産法104条1項及び2項は、複数の全部義務者を設けることが責任財産を集積して当該債権の目的である給付の実現をより確実にするという機能を有することに鑑みて、配当額の計算の基礎となる債権額と実体法上の債権額とのかい離を認めるものであり、その結果として、債権者が実体法上の債権額を超過する額の配当を受けるという事態が生じ得ることを許容しているものと解される(なお、そのような配当を受けた債権者が、債権の一部を弁済した求償権者に対し、不当利得として超過部分相当額を返還すべき義務を負うことは別論である。)。
他方、破産法104条3項ただし書によれば、債権者が破産手続開始の時において有する債権について破産手続に参加したときは、求償権者は当該破産手続に参加することができないのであるから、債権の一部を弁済した求償権者が、当該債権について超過部分が生ずる場合に配当の手続に参加する趣旨で予備的にその求償権を破産債権として届け出ることはできないものと解される。また、破産法104条4項によれば、債権者が配当を受けて初めて債権の全額が消滅する場合、求償権者は、当該配当の段階においては、債権者が有した権利を破産債権者として行使することができないものと解される。
そして、破産法104条5項は、物上保証人が債務者の破産手続開始後に債権者に対して弁済等をした場合について同条2項を、破産者に対して求償権を有する物上保証人について同条3項及び4項を、それぞれ準用しているから、物上保証人が債権の一部を弁済した場合についても全部義務者の場合と同様に解するのが相当である。
したがって、破産債権者が破産手続開始後に物上保証人から債権の一部の弁済を受けた場合において、破産手続開始の時における債権の額として確定したものを基礎として計算された配当額が実体法上の残債権額を超過するときは、その超過する部分は当該債権について配当すべきである。」
実務上は、破産管財人において、原債権者に配当請求権を放棄するように促す、あるいは超過部分の配当請求権を原債権者から求償権者に譲渡するよう促すなどの運用が行われているようである。
(弁護士 森田豪丈 /2022年7月7日更新)
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