洗浄組成物事件
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洗浄組成物事件

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原告昭和電工株式会社の保有する特許第4114820号「洗浄組成物」が、特許庁の無効審判請求事件において、発明が進歩性を欠くとして無効とされたのに対し、審決の取消しを求めた事件である。食品業界などでは、金属やガラスの硬表面に付着した汚れ(炭酸カルシウムや有機物)を洗浄するためにキレート剤であるEDTAを高アルカリ条件で洗浄剤として用いている。しかし、EDTAは分解せず環境に悪影響を及ぼすという問題があるので、生物分解性のあるキレート剤であるGLDA(グルタミン酸二酢酸塩)を高アルカリ条件で洗浄剤として用いることが知られていたが、GLDAはEDTAに比べ洗浄能力が低いという欠点があった。本件発明は、GLDAにグリコール酸ナトリウムを添加して水酸化ナトリウムによって高アルカリ条件とすると、EDTAに匹敵する洗浄能力を発揮することを初めて実験的に見出してなされたものである。グリコール酸ナトリウムはGLDAの生成反応の副反応物として生成する物質であり、キレート効果はない。
特許庁が主引例として引用した文献はGLDAが生物分解性を有するキレート剤であることを見出した1970年代の特許公開公報である。この引例には、実施例として、副生成物であるグリコール酸ナトリウムを含有したGLDAの組成物が開示されていたが、同組成物には水酸化ナトリウムは含有されていなかった。特許庁の審決は、キレート剤に水酸化ナトリウムを添加した洗浄剤組成物は周知であるから、主引例のグリコール酸ナトリウムを含有したGLDA組成物に水酸化ナトリウムを添加して洗浄剤組成物とすることは当業者にとって容易であると判断した。
しかし、知財高裁は、主引用例においてキレート剤として認識されているのはGLDAであり、グリコール酸ナトリウムは洗浄能力のない副生成物としてしか認識されていないから、グリコール酸ナトリウムを含有したGLDAの組成物をそのまま洗浄剤として用いることを前提とし、これに高アルカリ条件とするための水酸化ナトリウムを添加することには阻害事由があると判断し、審決の認定する主引例と周知技術によって容易に本件発明に想到することはできないと判断し、審決を取り消した。
GLDAにグリコール酸ナトリウムを添加した洗浄剤が高アルカリ条件でEDTAに匹敵する洗浄力を有するという顕著な効果は本件発明によって初めて認識されたのであり、本件発明の効果を知らなければ、主引例に記載されているグリコール酸ナトリウムを含有したGLDAの組成物に着目することはないのであるから、審決の判断は典型的な後知恵によるものである。判決は後知恵には言及していないが、特許庁が進歩性の判断における後知恵の影響に対しもっと注意を払っていたならば、本件で無効審決が出されることはなかったといえる。

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