マキサカルシトール損害賠償事件(東京地裁民事47部判決)
判例紹介

マキサカルシトール損害賠償事件(東京地裁民事47部判決)

執筆者
尾崎英男弁護士 
業務分野

平成27年(ワ)第22491号損害賠償請求事件
平成29年7月27日判決言渡し

本件は、平成29年3月24日に最高裁第二小法廷で言い渡された判決により確定した、マキサカルシトール製法特許の侵害差止請求事件に対応する、損害賠償請求事件である。差止請求事件の控訴審係属中に東京地裁に提訴され、上記最高裁判決後に、第一審判決が言い渡され、控訴されることなく確定した。

本件では様々な論点が争われたが、判決が整理した損害論の争点は次の通りである。
(1) 原告が本件特許権の共有者の1人であることに関し、原告が被告らに対して損害賠償請求できる範囲
(2) 外用ビタミンD3製剤の市場での原告製品(オキサロール軟膏)のシェア喪失による原告の損害額
(3) 原告製品(オキサロール軟膏及びオキサロールローション)の取引価格下落による原告の損害額
(4) 被告らの過失の有無
(5) 過失相殺の成否
(6) 特許法102条4項後段の適用の有無
このうち、(4)-(6)は、本件の侵害が文言侵害でなく、均等侵害であったことに関係する主張であり、説明を省略する。

(1) 独占的通常実施権者の損害賠償請求権

本件特許権は原告中外製薬と訴外コロンビア大学の共有(各持分2分の1)で、中外製薬はコロンビア大学の持分2分の1について、独占的通常実施権の設定を受けていた。(実施料はイニシャルの定額で、支払い済みであった。)判決は、原告中外製薬は、自らの持分2分の1に基づき、特許権侵害に係る逸失利益の損害賠償請求権を有しているほか、コロンビア大学の持分2分の1について独占的通常実施権を有するから、被告らの本件特許侵害は、原告の独占的通常実施権の積極的債権侵害に当たるといえ、原告は被告らに対し、積極的債権侵害による逸失利益の損害賠償を請求できると判断した。すなわち、原告は本件特許権の侵害によって被った損害(独占的通常実施権者として受けた損害も含む。)の全額について賠償を請求できると判断した。

(2) シェア喪失による逸失利益の損害賠償

特許法102条1項に基づく請求が行われた。コロンビア大学の持分2分の1についての原告の独占的通常実施権者としての立場による損害賠償請求についても、特許法102条1項が類推適用された。
本件の商流は、中外製薬が、マキサカルシトール原薬を製造し、これを製剤メーカーA社に販売して製剤化されたオキサロール軟膏をA社から全量買取り、独占的販売契約を締結している訴外スマホ株式会社に販売し、スマホが卸業者や医療機関等に販売するというものであった。原告は、原薬の製造コストの開示を避けるため、原薬の販売による限界利益の請求をせず、原薬を製剤化してマルホに販売する取引における限界利益のみを請求した。そのため、変動経費は、A社による製剤化の費用と運送費のみであった。
本件で特許法102条1項の適用に関して問題となったのは、侵害行為の期間中に後発医薬品(被告製品)の存在を理由とする薬価の引き下げがあり、そのために原告からマルホへの販売価格が下げられたが、限界利益の算出に当たって、引き下げ後の販売額を用いるか、それとも、引き下げ前の販売額を用いるかであった。判決は、後に(3)で述べる特許侵害行為と薬価引き下げの相当因果関係を認め、薬価下落前の取引価格を前提にして原告の損害額を算定すべきであるとした。
本件では102条1項但書の適用についても争点となった。マキサカルシトールとは異なる有効成分ではあるが(タカルシトール及びカルシポトリオール)、同じ乾癬治療用に用いられる競合品(市場占有率はマキサカルシトールが58%、競合品が合計42%)が存在するとして、被告製品(マキサカルシトールの後発品)のすべてがマキサカルシトールの販売を奪ったのではなく、競合品のシェアを奪った分もあるかが問題となった。原告は、有効成分が異なる医薬品は医師の処方箋を必要とするのに対し、後発品は同一有効成分の先発品の処方箋でも薬局で販売できること、医師は異なる有効成分の後発品が安価であるからといって当該後発品に処方を変更することはないと主張したが、判決はマキサカルシトールの後発品(被告製品)の販売量の10%を、競合品のシェアを奪ったものと認定し、102条1項但書の推定覆滅を認めた。
なお、判決は、損害賠償額の算定において消費税相当額を加算した。消費税は「資産の譲渡等」に対して課税される(消費税法4条)ところ、消費税基本通達では「その実質が資産の譲渡等の対価に該当すると認められるもの」の例として「無体財産権の侵害を受けた場合に加害者から当該無体財産権の権利者が収受する損害賠償金」をあげている(同通達5-5-5(2))。

(3) 薬価下落による逸失利益の損害賠償

本判決が最も注目される論点は、特許を侵害する後発医薬品の存在によって先発医薬品の薬価が下落した場合の逸失利益を認めている点である。
薬価は、厚生労働省が実施する薬価調査の結果に基づき、2年に1回改定される。以下のaないしdの要件をすべて満たす新薬については、市場実勢価格に基づく算定値に対して、新薬創出・適応外薬解消等促進加算が行われる。
a 薬価収載後15年以内で、かつ後発品が収載されていないこと
b 市場実勢価格と薬価との乖離が、薬価収載されている全製品の平均を超えないことc 厚生労働省による開発要請品目又は公募品目について開発に向けた取り組みを行う
企業が製造販売するもの、又は「真に医療の質の向上に貢献する医薬品」の研究開発を行う企業が製造販売するもの
d 再算定対象品でないこと
原告の製品は上記要件のうち、aの「後発品が収載されていないこと」を除く各要件を充たしていた。平成24年12月4日付けで被告製品が後発品として薬価収載され、原告のオキサロール軟膏とオキサロールローションが上記aの要件を充たさなくなったことにより、平成26年4月1日、オキサロール軟膏及びオキサロールローションの薬価は、いずれも、それまでの138.00円/g(税込価格)から123.20円/g(税込価格)に改定された。この時点で、被告製品以外には後発医薬品の市場参入はなかった。
判決は、上記薬価の下落は被告製品の薬価収載の結果であり、本件特許権の侵害品に当たる被告製品が薬価収載されなければ、原告製品の薬価は下落しなかったものと認められるから、被告らは、被告製品の薬価収載によって原告製品の薬価下落を招いたことによる損害について賠償世紀人を負うべきであると判断した。裁判所は、新薬創出・適応外薬解消等促進加算制度に基づく加算は厚生労働省が裁量で行うものではなく、所定の要件を充たす新薬であれば一律に同制度の加算を受けられる以上、法律上保護される利益であると判断した。
また、この事件では原告中外製薬は訴外マルホに全量を販売しているが、マルホとの取引価格が、薬価下落に伴い、(既存の契約に従って)引き下げられた。判決は、被告製品の薬価収載と原告・マルホ間の取引価格の下落に相当因果関係があることを認め、マルホとの取引価格が下落した原告製品(オキサロール軟膏及びオキサロールローション)の販売数量に各価格の下落分を乗じた金額の損害賠償を認めた。判決は、市場シェア喪失による逸失利益は、侵害行為によって原告が販売できなかったオキサロール軟膏に関する逸失利益であるのに対し、取引価格下落による逸失利益は、価格下落期間中に原告が実際に販売したオキサロール軟膏及びオキサロールローションの販売数量に対応する逸失利益であって、両社は別個の損害であるから、原告は療法の損害について賠償を請求できると判断した。
さらに、後発医薬品が一社から薬価収載されれば原告製品の薬価下落が生じるので、三社ある被告のいずれとも、薬価下落に起因する損害の全額について相当因果関係が認められる、いずれの被告に対しても全額の損害賠償請求ができる。ただし、原告が一社から損害賠償金の支払いを受ければ、原告の損害賠償請求権は消滅するので、被告らの債務は不真性連帯債務となる。

当事務所のコメント
本判決は、特許侵害品の後発医薬品に起因して先発医薬品の薬価が下落した場合の、先発医薬品メーカーの逸失利益の損害賠償を認めた初めてのケースである。市場シェアを奪われたことによる逸失利益の損害賠償額は、特許侵害品の販売数量に応じた金額であるのに対して、薬価下落による逸失利益の損害賠償額は、先発医薬品の販売数量に応じた金額になる。そのため、後発医薬品メーカーにとっては、膨大な賠償金額になることが起こりうる。すなわち、本判決は、特許侵害行為によって先発医薬品の薬価下落を招くことは大きな企業リスクであるから、特許侵害が起こらないように慎重に対応する必要があることを教えている。

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