エアコン熱交換器フィン職務発明事件
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被告三洋電機株式会社の元従業員である原告三名が、2件の特許の承継の対価を求めて起こした事件であるが、原告の請求は棄却された。特許発明は「熱交換器及びこの熱交換器を組み込んだ空気調和機」に関し、熱交換器のフィン形状、寸法関係を特徴とする発明で、1988年に出願された。同発明のフィンは1990年代の被告のエアコンの室内機の熱交換器のフィンとして使用されていたので、発明の実施規模は膨大なものであった。しかし、エアコン各社はそれぞれ自社の熱交換器のフィンを独自設計しており、本件特許が他社にライセンスされてはいなかった。原告の請求は、自己実施であるが、本件発明の実施によってエアコンの性能が向上したので、独占実施があったと主張し、(売り上げ総額)X(発明の寄与度)X(超過売上高の割合)X(想定実施料率)X(1-被告の貢献度)の算定式に基づき、合計3500万円の相当対価を請求するものであった。
これに対し、被告は、(1)本件発明の承継に対しては被告の社内報償規程に基づき承継の対価が支払われており、同規程に基づく支払いでは不十分とする特段の事情が示されていないから、原告の請求は棄却されるべきであると主張した。被告はあわせて、(2)上記算定式の「独占実施」に基づく「超過売上」が存在しないので、上記算定式による相当対価はゼロであると主張した。
裁判所は、まず、相当対価額の算定方法について、自己実施のみの場合であっても、「特許権が存在することにより、第三者に当該発明の実施を禁止したことに基づいて使用者が得ることができた利益、すなわち、特許権に基づく第三者に対する禁止権の効果として、使用者等の自己実施による売上高のうち、当該特許権を使用者等に承継させずに、自ら特許を受けた従業者等が第三者に当該発明を実施許諾していたと想定した場合に予想される使用者等の売上高を超える分(「超過売上高」)について得ることができたものと見込まれる利益(「超過利益」)が「独占の利益」に該当するものというべきである」と述べ、原告の主張する算定式の利用については肯定した。
被告が、本件発明に被告規程を適用することを不合理とする特段の事情が示されない限り、被告の支払った報償金を上回る分の対価請求をすることはできないと主張したことに対しては、裁判所は、被告の規程を検討した上で、(i) 被告規程の採用に当たって従業者との協議が行われたか不明、(ii) 規程の適用に当たって所定の社内委員会の広い裁量によって判断される、(iii) 本件発明について報償金の決定に当たって原告の意見が聴取されたか不明、などの理由を上げて、被告規程に基づく支給であっても、旧特許法35条4項の趣旨に合致した相当の対価に当たるということはできず、相当の対価に当たるかどうか個別の検討が必要である、と述べている。
その上で、裁判所は本件発明に関して「独占の利益」が認められるか否かを検討した。原告が主張した、本件発明による技術的優位性に関しては、裁判所は被告の競合他社が、本件特許出願前に夫々独自の熱交換器のフィンパターンを設計開発して各社のエアコンに使用していた事実が認められ、エアコン市場における被告のシェアも、本件発明の実施によって特に伸びたという事実は認められないとし、原告の主張する「超過売上高」は認められないと判断した。
(当事務所のコメント)
本件は、職務発明事件としては、ライセンスの実績がなく、自己実施のみで、製造業であればどの企業でもありそうな案件である。「独占の利益」が認められず請求棄却となったのは常識に合致した結果であった。判決中で、自己実施によっても「独占の利益」が認められる場合がありうることを述べているが、自己実施によって「独占の利益」が認められるのは例外的なことなのか、それとも裁判所の裁量で認められる場合が少なくないのか、気になるところである。特許権は法的な性質として独占権ではあるが、実際の特許が「独占の利益」を生み出すケースは非常に少ないのが現実である。本件事案のように、「独占の利益」が存在しないことを被告がはっきりと示せる事案でないと、何がしかの「独占の利益」が認められてしまうとするならば、常識に合致しない判決が生み出されるおそれがある。
この事件では、被告は、原告が特段の事情を示さなければ、報償規程に基づいて支払った金額により相当の対価は支払い済みと認められるべきであると主張をし、判決ではその主張に対する裁判所の判断が述べられていることが大きな特徴である。この問題は、特許法35条の相当対価を裁判所が判断するのは、報償規程による支払いでは不合理であるという特段の事情が示された例外的ケースだけなのか、それとも、すべての職務発明事件について裁判所が事後的に相当対価を再計算するのか、という問題である。判決では、被告の報償規程を検討して、被告規程に基づく支払いだからといって旧特許法35条4項の趣旨に合致した相当の対価の金額に当たるということはできないとして、裁判所による再計算が必要との判断を示している。しかし、判決で上げられている、被告の報償規程の「問題点」は、そもそも職務発明の相当対価というもののあいまいさに由来するものである。判決の理由は、企業の規程が旧特許法35条の趣旨に合致しないとして裁判所による全件再計算を根拠付けようとするものであるが、多くの職務発明事件判決でも、裁判所の広い裁量により金額が決められていて、そもそも相当対価は誰も正しい評価金額が何であるか知りえない事項である。職務発明事件では裁判所が全件、対価を再計算するという考え方を改めないと、あまりにも多くの不毛なエネルギーが職務発明の相当対価の計算のために費やされ続けることになる。
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